僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

出せなかった手紙

香織さんのこと

この前の手紙には書かなかったのだけれど、10月8日の岩沢くんのバンドのライブには、香織さん・美恵子さん・前に総務にいた環さんという子も来てくれました。

実はこのライブの時、ホーンは女装をしてくれという指定があり、前日の夜僕は香織さんにお願いして、彼女のアパートにワンピースを借りに行きました。赤地に花柄で襟が白いかわいいのを貸して貰いました。ウェストがきつかったけど何とか着られました。(香織さんのなら着られそうだから頼んだといったら怒ってた)なかなか似合って自分でもかわいいと思った。
台所を借りて豚肉と絹さやのオイスターソース炒めなどを作って一緒に食べた。遅くなったので、タクシーを電話で呼んで寮に帰りました。

10月9日 ライブの翌日、岩沢くんの家から小田原に帰り香織さんに電話した。二人で午後から鎌倉に出かけた。小田原を出る頃は止んでいた雨が、鎌倉に着くとかなり強くなった。藤沢から江ノ電極楽寺へ、百日紅が咲いていた。長谷の子供館(古い洋館のところ)*1を見せて貰った。近代文学館は開館時間に間にあわず見られなかった。小町通りのお店を覗いてから食事。今まで入ったことのない路地に、旅館のような和食の店を見つけた。2階の6畳間に通され二人で食事した。これであと温泉があったらいいねと話した。
ミルクホール*2に行って奥のカウンターのある方に座った。今までで一番長い時間ミルクホールで過ごしたと思う。
最後によっていきたいからと江ノ島駅で降りて竜口寺に連れて行った。薄着で寒いから僕の上着を着せてあげた。仏舎利等*3へはやはり真暗な道で香織さんの手を握って歩いて行った。すごくどきどきした。雨の中で仏舎利等が光っていた。なんで僕は同じ所にばかりきているんだろう、と思った。

香織さんと一緒に、今度からは未だ行ったことのない所へ出かけようと思った。

10月17日 香織さんに会社で御守犬をあげた。香織さんは社内旅行が北海道グループで別だった。御守犬をあげたのは3人目だ。香織さんは御守犬によく似ている。

10月22日 後輩に車を借りてアンブレラプロジェクト*4に出かけた。香織さんは「水戸に友だちがいるから会いにいこうかな」と付き合ってくれた。
出発もおそく、首都高も渋滞し、道もわからなくなってしまって、着いた頃には傘は闇の中だった。「明日見ればいいよね」ということで香織さんの友だちと一緒に夕食。短大の時、寮で一緒だったそうだ。
彼女と別れてから、泊まるところを決めて車を置き、水戸の街にいった。小さなジャズの店を見つけた。ビールを飲んで、地酒の冷やを飲んだ。エリック・ドルフィーのラウンド・ミッドナイトを頼んだら、マスターも好きらしくてジャケットを見せてくれた。一人で来ていたお客さんともいろいろ話をした。神戸からこの春転勤してきた損保会社の人で、よく一人で飲みに来ているそうだ。香織さんが「水戸に友だちがいるから紹介しますよ」といったら話が盛り上がって名刺と自宅の電話番号を託されてしまった。〈その後香織さんの友だちが電話して、ほんとにデートしたそうだから何だか楽しいよ)その日は香織さんと水戸で泊まった。窓からの月がきれいだった。
翌日は水戸芸術館に行き、青い傘の並ぶ谷間の村を見た。とても不思議な景色だった。


「幸せになれそうだよ」といってにっこりした小僧のことが、僕も少しわかる気持ちになりました。
小僧のことやいろいろなことをずっと優しく聞いてくれた香織さんのことを、大切にしたいと思います。


結局、この手紙はその時の僕には出せなかった。文子との別れに傷ついた僕の心を優しく癒してくれた香織と新しい恋に落ちながら、まだ心の奥では文子が帰ってきてくれることを望んでいたからだ。
水戸に出かけた日、僕は香織は友だちの家に泊まるものだとばかり思っていた。ホテルでもシングルの部屋を2つ希望したのだが空きがなく、ツインに泊まった。交代でシャワーを浴び浴衣に着替えそれぞれのベッドに入りしばらく話をした。「こっちにこない」と僕は思い切って声をかけた。「うん」香織は僕のベッドにするりと入った。香織と僕はそっとくちびるを重ねた。浴衣をはだけさせ、香織の胸を見た。窓からの月明かりに浮かび上がる香織の胸は大きく豊満で、透き通るように白く美しかった。「僕の体もみる?」「うん」香織は僕の大きくなったペニスに手を伸ばし、優しく握ってくれた。ずっと忘れていた胸の高鳴りを感じた。「わたしSさんのこと、ずっと好きだったの」その夜はそのまま静かに眠った。

水戸から帰ってから、僕は一人暮らししている香織のアパートに通うようになった。文子が村山君を求めたように、僕は香織との新しい恋に、別れの辛さを忘れようとした。

*1:文子と行ったことがある

*2:アンティークなインテリアのジャズが流れるカフェ

*3:文子とファースト・キスをした場所

*4:現代美術家クリストが、茨城の田園地帯とアメリカの乾燥地帯に、同時期に巨大な傘のオブジェを大量に設置したアート・イベント