僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

2006-01-01から1年間の記事一覧

香織と過ごしたクリスマス

開放病棟では、まず他の患者など同伴者と一緒の外出が許可され、続いて単独での外出、自宅への外泊の段階で、病棟の外に出ることが許される。クリスマスが近づき、僕はH先生に、外泊の許可を求めたが、それにはまだ時期が早かった。結局、親が送り迎えするな…

T文庫のアデン・アラビア

ぼくは二十歳だった。それが人生でもっともすばらしい年齢だなどと、ぼくはだれにもいわせはしない。 病棟のホールの片隅のT文庫と呼ばれる図書コーナーでポール・ニザンの文庫本、「アデン・アラビア」を見つけ、その書き出しの一節に惹きつけられた。僕は3…

夜露死苦現代詩②

都築響一は統合失調症の詩人、友原康博氏について書いた章でこのように述べている。 友原さんが発病した当時、精神医療はいまよりはるかに未発達だった。効果的な薬剤も開発されておらず、世間から隔絶された精神病院の内部では、治療という名のもとに監禁、…

夜露死苦現代詩 都築響一

夜露死苦現代詩作者: 都築響一出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2006/08/30メディア: 単行本購入: 7人 クリック: 33回この商品を含むブログ (61件) を見る 夜の国道を走る。ヘッドライトに照らされた歩道橋に、スプレーで殴り書きされた「夜露死苦」の文字が…

レクリエーションの一日

明け方、悪夢にうなされて目が覚めた。香織がセックスをしたいといって泣き叫んでいる夢だった。僕は当直だった寺山婦長に、興奮して訴えた。 「彼女も今、同じ夢を見たはずです。彼女が辛く思っていないか、不安でないか心配です。このように男女が同じ夢を…

煙草を吸う女の子

精神障害者の喫煙率は、健常者に比べ高いようだ。入院中も煙草が欠かせない患者が多かったし、特に女性の喫煙者の多さが目立った。外来で通院するようになってからも待合室は煙草が蔓延し、喫煙室が作られ分煙になったのはようやく最近のことだ。 僕と同世代…

週1回の診察

精神病院に入院すると決めたとき、クリニックなどの通院と違い、常時主治医の診察を受けられるものだと思っていた。しかし実際にはH先生は毎週土曜日の診察日と、水曜日の当直の日しか病院に来ない非常勤の医師で、実質的には週1回、わずかな時間しか会うこ…

ジョアン・ジルベルト来日公演

先週の土曜日、ジョアン・ジルベルトの来日公演に行ってきた。ボサノバという音楽を生み出したブラジルの伝説的ミュージシャン。今年75歳になる彼の3度目の、もしかしたら最後になるかも知れないコンサートだ。彼が遅刻の常習犯だということは事前にネット…

香織に似た女の子

病院では、患者のリハビリとレクリエーションのために喫茶コロンというのをやっていた。患者がコーヒーを淹れたりレジをやったりして、お客でやってくる患者にサービスするのだ。文化祭の模擬店のような感じだ。入院1週間を過ぎても、僕はまだ散歩に出ること…

風呂はT温泉

開放病棟の風呂はひとつで、男女一日おきの入浴だった。結構広い風呂で、一度に10人くらいは湯船に浸かることができた。白濁した入浴剤がいつも入っていて、患者たちは「T温泉」と呼んでいた。夕食後しばらくして入浴の時間になるのだが、入浴時間が近づくと…

年賀状を描けなかった年

はやばやと年賀状のデザインを作ってしまった。来年は亥年。イノシシの画像を使おうと思ってひらめいたのが、映画「スウィングガールズ」。上野樹里たちが山で松茸狩りをしていて、イノシシに追いかけられる抱腹絶倒のシーンがある。大量の鼻水をたらしなが…

香織との面会

T病院は外来診療も行っているが、診療のない平日・土曜の午後と日曜日には、入院患者も自由に外来の待合室ホールに行くことができる。患者たちは気分転換に椅子に座って話しをしたり、煙草を吸ったり、自販機でジュースを買って飲んだりしていた。面会もその…

情緒不安定と多弁

入院した時点で、絶え間のない幻聴はすでにおさまっていた。次々に湧き出す妄想も勢いを失っていた。しかし、抗精神病薬が投薬後効果をあらわすのには、2週間はかかるといわれている。僕の場合も陽性症状(幻覚や妄想)がすっかりなくなるまでには入院後もし…

ハルシオンによる健忘

入院2日目、6時30分に起こされてラジオ体操。朝食・服薬が済み1日がはじまった。午前中は院内で作業療法の軽作業があり、みんなお小遣い稼ぎのため参加するのだが、入院したての僕はベッドの上でごろごろしていた。昼食・服薬のあとの暇な午後、同室の人たち…

登場人物のプロフィール

このブログは僕の恋愛・失恋から統合失調症の発症・精神病院への入院・退院後の生活などの体験を中心に書いていますが、途中から読まれる方のために登場する人物の簡単な紹介をします。名前は全て仮名です。このページは随時更新する予定です。 S:僕自身。…

文子に似たソーシャルワーカー

Nクリニックの紹介で訪れたT病院は、かなり古い精神科の単科病院、いわゆる「精神病院」だった。郊外の丘陵地にあり、開院当時は山の中にぽつんと建っていたようだが、今では開発が進み、周囲は瀟洒な高級住宅街になっている。古ぼけた3階建ての建物。窓に…

入院編どう書こうかな

今朝、文子が出てくる夢を久しぶりに見た。一緒にカレーライスを食べて、親しく話をする夢だった。夢の中の文子はいつまでも年をとらない。夢から覚めてしまうのが悲しくてしかたなかった。 一番書くのがしんどかった発病編が終わった。このブログを見てくれ…

人生の終わり

自分が正気を失っていると自覚した後も幻聴はおさまらなかった。みんなにテレパシーの能力があるという考えは否定できたが、自分の家系には特別にテレパシーの能力が備わっているのだと考えるようになった。母が若いとき精神病だったのだという妄想もその頃…

歩き続けた夜②

夜道を歩き続けるうちに、僕の精神はさらに昂揚していった。最初は人影を見ると遠ざかり、交番の前は迂回したりしていたのだが、次第に周囲が気にならなくなり、ずんずん歩いて行くようになった。僕は誰の注意も引かず、見とがめられもしないことが不思議に…

歩き続けた夜①

ライブからしばらくして、僕の様子がおかしいと心配したN君夫婦と香織が家に来てくれた。僕はN君夫婦をNクリニックの精神科医だと思っていたので、二人は何もかも理解しているのだと思っていた。しばらく家で話しをしてから、家を出て近くのファミレスに4人…

文子に関する妄想

家族と一緒に過ごしていると、絶え間なく幻聴が聴こえるようになった。幻聴は全て対面している相手の心の声として聴こえ、僕はテレパシーの存在を信じるようになった。今までテレパシーを感知できなかったのは自分が障害者だったからで、普通の人は肉声とテ…

腐っていく身体

僕たちのバンドの演奏が終わり、次のバンドの演奏が始まった。しばらく聴いていたが、ひどい疲れを感じた僕は香織と両親に「もう帰ろう」といってライブハウスを出た。サックスを持って帰るのも忘れていた。今夜はうちに泊まるつもりで、香織は一緒について…

幻聴の渦巻くライブ

東京でバンドのライブのある日、午前中に僕は両親に付き添われ、近くの町の精神科のクリニックを受診した。不眠が続き、言動にも奇異なところがあらわれはじめたのを見て親が早めの対応をしたのだ。身内に精神障害者がいなかったなら、こんなに早い精神科の…

不眠の続く夜

叔母が死んだ翌日、納棺のために親族が集まった。そして叔母の家を片付け葬儀の準備。通夜の晩には朝まで一睡も出来なかった。告別式の日の夜にも不眠は続き、憔悴し神経が昂ぶった。叔母の娘〈従姉妹)は、そのころ社会問題化していた自己啓発セミナーのト…

香織の結論

「渡辺君は、わたしに結婚して欲しいっていったんだ。Sさんは小僧が結婚するまでは、わたしと結婚するっていってくれないでしょ」香織から渡辺君のことをいろいろ聞かされた。高校を出た後、精神的に不安定になり、数年間家にひきこもっていたという。対人恐…

香織の恋人

春に専門学校に通いはじめてから、香織は忙しい生活を送るようになった。昼間は派遣社員として事務の仕事をし、夜は学校。休日も学校の課題の制作に追われていた。それでも僕たちは暇を見つけては美術館や映画に出かけていた。学校が夏休みになって、彼女と…

バンド活動再開

1月の営業所長面談で、正式に辞職願いを申し出た。しかし、実際に退職できたのはその年の9月のこと。後任の人事がなかなか決まらず、引継ぎにも時間がかかった。3月には香織が先に退職したが、東京に出たのは先の話で、しばらくは小田原でアルバイト生活をし…

文子との再会③

香織に会って、文子と再会したことを伝えた。 「明日、わたしも連れてって。わたしも小僧に会う」 香織の意志は固かった。僕は文子とふたりでもう一度会うつもりだったが、いっそのこと香織と村山君も交えて4人で食事をしよう。ふたりで会ったら僕はまた泣い…

文子との再会②

待ち合わせ場所にやってきた文子は、僕がプレゼントしたコム・デ・ギャルソンのチェック柄のミニスカートとジャケットを着ていた。靴もその時あげた茶色のズック。よく似合ってかわいらしかった。彼女はずっと短かった髪を伸ばしはじめていた。久しぶりに再…

文子との再会①

文子と別れてから、僕は仕事には以前よりも熱心に取り組んだ。しかし文子との将来が失われた今、もう仕事を続けていくことに意味を見出せなくなっていた。仕事を辞めて人生をやり直そう。僕は登記関係の事務を主な仕事にしていたので、司法書士の資格に以前…