大阪に通う日々
文子は大阪に行った。僕が新幹線で行ったとき少しでも早く会えるようにと、新大阪駅のちかくにワンルームマンションを借りた。それまで風呂無しのアパートに住んでいた彼女は、部屋で一緒にお風呂に入れることをとても喜んでいた。僕は休日前になると、仕事先から直接小田原駅に向かい、最終の新幹線で彼女のところへ行った。東京での研修が多かった彼女とは東京でもデートした。それでも会える時間は以前よりずっと少なくなった。
離れ離れになって、僕たちの結びつきはむしろより強くなった。お互いがなくてはならない存在だった。会えないときには毎日ひとことは電話をした。
飲み歩き、食べ歩きの好きな僕たちには、大阪は楽しい「食くいだおれ」の街だった。串カツ、お好み焼き、明治軒のオムライス、自由軒のカレー、うどん、ふぐ、かに道楽・・・。締めにはよく道頓堀の金龍ラーメンで、豚骨ラーメンを立ち食いした。箕面に紅葉を見に行ったり、海遊館という大きな水族館でじんべいざめを見たり、たまに京都や神戸へも遊びに行った。
その年のクリスマスには、文子が小田原にやってきた。僕は彼女に内緒でワゴン車をレンタルし、中で寝られるように布団を積み込んだ。向かったのは彼女が東京で住んでいた街。一緒に銭湯に行き、昔通った焼肉屋で食事をした。彼女が大阪に住んでいるのがうそのようで、昔に戻ったような気分でおいしくビールを飲んだ。「今日はクリスマスなんだから骨付きカルビだよー」と文子は楽しそうに笑った。その夜は車の中で寝た。彼女が住んでいたアパートの近くの路上で。RCサクセションの「スローバラード」を思い出し、ふたりで手をつないだ。それが僕のクリスマスプレゼントだった。
文子はことあるごとに上司に東京に転勤したいと訴えいていた。東京に戻れたら結婚の話を進めようとふたりで話していた。そのころ僕はストレスの多い営業職から総務課に移り、法律関係の事務をやるようになった。バブルの時期だったので会社の景気もよく、収入も悪くなかった。(大阪通いはそれほどの負担ではなかった)彼女のお母さんに紹介されたのはその頃。文子は学生時代から僕の実家には遊びに来ていたが、僕は彼女の親には会っていなかった。とりあえず母親が長崎から彼女の様子を見に出てきたときに紹介され、一緒に食事をした。さすがに緊張したが、おっとりとした優しいお母さんだった。あとで文子は「母ちゃん、君のこと気に入ったみたいだよ。よかったあ」とうれしそうに教えてくれた。
そして、1年が過ぎ春がまたやってくる頃、文子に辞令が下りた。なんと、東京に転勤!彼女のしつこい嘆願に上司も音をあげたらしい。大阪への遠距離恋愛も、終わってしまえばいい思い出になった。彼女はもといた街にまた住むことに決めていた。見晴らしのいい1DKのマンションを見つけて、彼女は晴れ晴れと東京に帰ってきた。
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