僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

文子の恋

彼女が恋した相手は、出向先の会社のさらに下請けをやっている小さなプログラマーの会社の社長だった。30歳くらいで、妻子があるが別居中。社員は、男性プログラマーひとりと、女性事務員ひとりのいわゆるベンチャー会社。文子は出向先の会社に出入りする彼に出会い、好意をよせるようになったのだ。彼女がいままで出会ったことがないタイプの野心的な男性だという。

「口がうまいから、ちやほやされて、私がいい気になってるだけなんだよね」

自嘲するように文子はいったが、彼への思いに彼女がずっと苦しんでいたことがわかった。僕にはそんな彼女がいとおしく感じられた。まるで思春期をむかえた娘のことを心配する父親のような気分だった。物心つかないうちに自分とつき合いはじめたような文子が、まるで初恋をするように他の男に惹かれている。さびしいけれど、「小僧も成長したんだなあ」とそのときの僕にはまだ本当の危機感はなかった。

彼女に会うと、彼との恋の悩みを聞くようになった。彼女は遠慮がちに、彼とドライブしたこと、彼にも自分の気持ちは気づかれているが相手にしてもらえないことなどを話してくれた。

「多分、大丈夫だよ。熱病みたいなものだね。君のところに帰るんだと思う」

文子は自分に言い聞かせるようにそういった。彼女の心は揺れていた。小田原の僕の部屋に突然酔っ払って電話してきたこともある。

「おいらには、やっぱり君しかいないよ」

時間が解決してくれると思っていた。最近僕たちもマンネリ気味だったしな。長いつき合いならこんなこともあるさと思った。しかし、文子の恋はその後予想もしなかった展開をすることになる。