僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

香織の恋人

春に専門学校に通いはじめてから、香織は忙しい生活を送るようになった。昼間は派遣社員として事務の仕事をし、夜は学校。休日も学校の課題の制作に追われていた。それでも僕たちは暇を見つけては美術館や映画に出かけていた。学校が夏休みになって、彼女との時間にも余裕が出来るものと思っていた。しかし、都内の建築物のスケッチをするという夏休みの課題のため、彼女は学校の友人と出かけることが多くなった。休日のデートの誘いも何度も断られた。

夏が終わる頃、バンドの練習を終え香織の部屋に向かった。ここ何日か会っていないが、今夜は泊まっていく約束をしてある。「冷蔵庫にケーキが入ってるから食べて」と置手紙があり、手作りのバナナケーキがあった。台所の流しが散らかったままになっていて、ゆうべは鍋物を食べたらしい。「誰か友だちでも来たのかな」と思い、何を食べたのだろうと何気なくゴミ箱の中を見た。豆腐や魚、きのこ、野菜など鍋を食べた形跡が残っていた。

そして僕はティッシュに包まれた使用済みのコンドームを見つけた。はじめ自分のものかと思ったが、僕には身に覚えがなかった。その時、頭の中で本当に「ガーン」という強く鈍い音が聞こえ、僕は激しいショックに座り込んだ。香織は他の男を部屋に連れ込んでいたのだ。

しばらくして、僕は文子の家に電話をした。日曜日で文子は部屋にいた。


「小僧」
「どうしたの」
「香織も小僧と同じになっちゃったよ」
「・・・」
「他の男とつき合ってるんだ」
「・・・本当なの?」
「うん、どうしたらいいのかな。小僧しか相談できる相手がいないよ」
「わたしに聞かれても・・・」
「気がつかないふりをしてたほうがいいのかな」
「わからないよ」
「また相談するかもしれないけど」
「うん、わかったよ」


その夜、香織と近所の居酒屋で軽く飲んだ後、僕は部屋でチンザノ*1のドライをぐいぐい飲んだ。そして思い切って彼女に尋ねた。


「ゆうべ、誰か来てたの」
「うん」
「・・・男なんだろ」
「・・・そう、わかっちゃったのね」
「セックスしたんだろ」
「うん」
「はじめて?」
「ううん、もう何回かしてる。Sさんにばれてもいいと思ってたんだ」


最近、休みに会っていたのも、夏休みに一緒にスケッチしていたのも彼だったのだという。彼は学校の同級生で、年は僕と同じ。建築関係の出版社に勤めていたのだが退職し、今は設計事務所でアルバイトしながら学校に通っているのだという。彼のほうから、香織につき合いたいと声をかけてきて、夏ぐらいから深い関係になっていたのだ。

*1:ハーブの入ったワイン ドライは白ワインベース