僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

香織の結論

「渡辺君は、わたしに結婚して欲しいっていったんだ。Sさんは小僧が結婚するまでは、わたしと結婚するっていってくれないでしょ」

香織から渡辺君のことをいろいろ聞かされた。高校を出た後、精神的に不安定になり、数年間家にひきこもっていたという。対人恐怖の症状が出て精神科も受診したそうだ。その後大学の夜間部に入学し、卒業後建築関係の出版社に勤めて数年で退職。専門学校で香織と知り合った。


「わたしが浮気したのが許せなかったら、Sさんとは別れてもいい。わたしが他の人とつき合ったらSさんがどう思うか知りたかったんだ。小僧の時にはずっとあきらめなかったんでしょ。それに、わたしはセックスはコミュニケーションのひとつだと思ってるから」


文子は、社長や村山君に惹かれたときにも隠し立てはせず、ずっと悩んでいた。僕とはっきり別れるまでは、村山君と身体の関係を持ったりはしなかった。こっそり二股をかけて男とつき合うような女だったんだなと、香織に失望した。それでも僕は彼女を失いたくなかった。今香織を失ったら、自分を支えるものが何も無くなってしまうということが怖かった。結局僕は香織の浮気を許し、渡辺君と香織と3人で会って結論を出すことにした。

渋谷の居酒屋ではじめて渡辺君に会った。神経質そうな、弱々しく大人しい男だった。はじめ趣味の話などしてみると、彼とは共通する嗜好が多く、彼も「こういう形で会わなければ、友達になったかもしれませんね」と言った。彼は亡くなった父親が厳しくて、抑圧されて育ってきたことを語り出した。彼のぐじぐじした悩みを聞いていていらいらした僕は「そんな話を聞きに来たんじゃない」と怒鳴りつけ、「香織は僕が幸せにする」と言い放って香織を連れて店を出た。僕たちはそのまま香織のアパートに帰った。


「わたしはやっぱりSさんを選ぶよ。渡辺君もわかったと思う」
「今はお互いにまだ結婚は出来ないけど、一緒に暮らし始めよう」


僕は香織との本格的な同棲を決意した。塾講師のアルバイトでもはじめて生活力をつけようとも思った。香織が学校に通う間、渡辺君とは一緒だが、僕たちが同棲をはじめれば彼もあきらめるだろう。それから間もなく、僕は香織を実家に連れて行き、正式に親に紹介した。親も「大人同士のことだから、反対はしない」と僕たちの同棲を認めた。夕食を一緒に食べ、その夜は香織はうちに泊まっていくつもりだった。ところが夜更けになって突然親類から電話がかかってきた。心筋梗塞で入院していた母方の叔母が、その夜病院で亡くなったのだ。両親は病院に出かけて行き、僕は車で香織をアパートまで送って行って別れた。この叔母の死が僕の発病のきっかけになろうとは、この夜には思いもしなかった。