僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

ジョアン・ジルベルト来日公演

先週の土曜日、ジョアン・ジルベルトの来日公演に行ってきた。ボサノバという音楽を生み出したブラジルの伝説的ミュージシャン。今年75歳になる彼の3度目の、もしかしたら最後になるかも知れないコンサートだ。彼が遅刻の常習犯だということは事前にネット上の情報で知っていたが、この日も開演の5時を過ぎても、会場に到着していない。6時近くになって「今、ホテルを出ました」という場内アナウンスに、会場から笑い声が漏れる。もう常識を超えた神様のような存在なのだ。

ステージは、完璧といってもいい素晴らしさだった。バックバンド無しのギター弾き語りで、ほとんどノンストップの1時間半。深みがあり豊かで自由な歌の数々に耳を傾けていると、ボサノバを聴き始めた頃のことが思い起こされた。


僕はもともとジャズばかり聴いていたのだが、文子とつき合っていた頃、CMソングが気に入ってデビューしたての小野リサのCDを聴くようになった。「カトピリ」、「ナナン」など、今でもその頃のアルバムを聴くと、小野リサをBGMに、文子の部屋でビールや冷やした白ワインを飲み、ふたりで作った手料理を食べていたときのことを思い出す。


そして、文子から別れを告げられた夏、ボサノバの元祖、ジョアン・ジルベルトのCDを聴きはじめた。文子に会うこともできず、自分のアパートの部屋で独りジョアンの静かな歌声を聴いていると、いいしれない切なさを感じた。「AMOROSO」(イマージュの部屋)というアルバムに収録されている「Tin Tin por Tin Tin」という曲は、明るく軽やかなメロディーとはうらはらの、失恋を歌った切ない歌詞が、自分のために作られた歌のように感じられた。

約束したものを
君は僕にくれなきゃいけないよ
僕の指輪を贈ってくれたら
君のも贈り返してあげよう
それから、愛は永遠だなんて書いた、
僕の手紙も返してくれるね?
そしたら僕は、
何から何までちゃんと説明する別の手紙を
送ってあげよう
僕のものは、返してくれなきゃいけないよ
僕の写真を送っておくれ
代わりに他の奴のを飾るといい
王様が、一人死んだんだ
新しい王様に万歳だ
僕は傷つきなんかしない
僕は泣き方も知らない
何にでも、納得しちゃうのさ

新しい恋人のもとに去った文子と、僕のことを歌ったような歌詞だった。
来日公演では、1曲目にいきなり「Tin Tin por Tin Tin」が演奏された。そのあとも、あの夏に聴いた歌の数々が演奏され、僕の心の中には文子と別れた夏の寂しさがよみがえった。

僕の中では、あの夏の別れとボサノバの響きは、今でも分かちがたく結びついている。

AMOROSO (イマージュの部屋)

AMOROSO (イマージュの部屋)

ナナン

ナナン