僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

文子に似たソーシャルワーカー

Nクリニックの紹介で訪れたT病院は、かなり古い精神科の単科病院、いわゆる「精神病院」だった。郊外の丘陵地にあり、開院当時は山の中にぽつんと建っていたようだが、今では開発が進み、周囲は瀟洒な高級住宅街になっている。古ぼけた3階建ての建物。窓には鉄格子が物々しく閉鎖的だ。現在では建物ももっと開放的な造りの精神科病院が増えているようだが、T病院はいかにも「精神病院」という言葉のイメージどおりの病院だった。

院長と主治医になるH先生の問診の後、ソーシャルワーカーの小林さんという中年女性に入院手続きのガイダンスを受けた。僕が入院したのは、精神保健福祉士PSW)がまだ国家資格になっていない時代だった。精神保健福祉士法が制定されたのは1997年のことである。この小林さんがショートカットで小柄で、どことなく文子に雰囲気が似ていたのだ。顔立ちも文子が年を重ねたらこんな感じになりそうだなあと思わせた。僕は小林さんの印象によって入院することを決断した。こんな人のいる病院ならよさそうだ。急性期の症状で精神を消耗していた僕は、このときも心の中の文子への想いに左右されていたのだ。家族にこれ以上迷惑をかけたくないという思いもあった。

入院を決めると、早速任意入院の承諾書を提出し、家に帰って衣類などをまとめ、至急入院をした。家族も僕の気持ちが変わらないうちに少しでも早くと考えたのだろう。病棟は1階の男性の閉鎖病棟、2階の男女一緒の開放病棟、3階の女性の閉鎖病棟で構成されていて、一応病識を持ち始めていた僕は、最初から開放病棟に入院することになった。前にも書いたことがあるが、僕がこのように精神科の早期受診・早期入院をすることになったのは、統合失調症の叔母が身近に存在したことによるところが大きい。また、夜中東京までさまよい歩くという奇行があったことのショックが両親に至急の入院を決断させたのだ。僕の激しい幻聴は入院前からすでにおさまってきていた。次々に湧き出してくるような妄想ももう落ち着いていた。現在の主治医K先生によれば、僕の場合は自然治癒力がかなり強かったのではないかということだ。もっと苦しい病気体験をされた当事者の人たちに比べると、僕などは随分軽症だったのだと思う。

このブログを目にしている方の中に、今発病期に直面している方がいらっしゃったら、様子を見ていたりしないで少しでも早い精神科受診をおすすめします。精神科受診に抵抗を感じて対応が遅くなるのが早期治療の妨げになり、予後の経過も左右するようです。


僕の病室は8人用の大部屋だった。僕が入院して7人の入室となり、ひとつ空きベッドがあった。新入りの僕に同室の患者さんたちは、優しく接してくれた。
簡単にメンバーを紹介するとリーダー格の40代の的場さん・一番入院歴の長い50代の柴さん・ある離島の出身の30代後半の斉木さん・元営業マンの40代の黒川さん・僕より少し年上の2枚目の井上さん・一番若い20代の相沢君。僕はこのとき30歳だった。


入院した当日は、看護婦さんに簡単に開放病棟内のことを案内された。男女一緒の開放病棟だがもちろん病室は男女別で、昼間は自由に行き来ができるが、夜になると鍵のかかるドアで仕切られる。患者数ははっきり覚えていないが50人以上だったと思う。男女の割合は半々くらい、年齢層は様々だが、若い人と中年が多く、女の子は若い子が目立った。病室のほかにテレビが置かれテーブル席の並ぶホールがあり、食事もそこで食べる。初めての夕食の後、服薬の時間になるとナースステーションの前に行列させられた。個人別に仕切られた薬箱から、名前を確認して自分の薬を受け取る。看護婦さんの見ている前で薬を飲まされた。食後は皆ブルーの病院のパジャマに着替え、ホールや病室で過ごす。しばらくすると睡眠薬の服薬のためまた行列。Nクリニックで処方された量とは比較にならないくらい多くの睡眠薬だったと思う。消灯時間の9時(10時だったかもしれない)になると、みな自分のベッドに入るが、眠れないらしく廊下のベンチでボーっとしている人もいる。僕は間もなく眠りに落ち、いささか緊張して過ごした精神病院入院1日目は終わった。


現在はネット上に統合失調症鬱病の当事者のブログやホームページが大量にあり、精神病院入院の克明な日記を記録している人も大勢いる。僕は入院中熱心に日記をつけたりはしなかったが、入院の時持っていったダイアリーに簡単なメモを時々残している。また入院後しばらくして、H先生から自分の考えていることなどを書くように指示されて書いたノートがある。〈ノートは短期間で終わっているが)入院編では、克明な入院体験の正確な記録を書くことはできないが、メモやノートと記憶を頼りに、入院中の印象的な出来事や、想い出に残る人々のことをだいたい時間の流れに沿って書いてみるつもりだ。


入院2日目には早くも意外な出来事が起こった。