僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

入院編

念願の退院

文恵さんは、僕より少し年上で、背が低く髪が短く、文子に少し雰囲気が似ていた。大部屋ではなく2人用の個室に入院していて、あまり部屋からは出てこなかった。僕は昼間部屋に行き、よく話をするようになった。若いときからの入院生活のためか、浮世ばなれし…

芝居の稽古

看護婦の磯山さんに1月のある日、「Sさん、お芝居にでてくれない?」といわれた。2月に市内の精神病院が合同で開催する芸術祭があり、T病院では出し物に演劇を企画しているというのだ。「それまでは退院できないんだなあ」とがっかりしたが、とりあえず台本…

外出の自由

病棟では、手工芸・書道・絵画などの時間があり、暇なときには参加した。作業療法士や外部からのボランティアの講師などが指導してくれた。 単独外出の自由が許可されてからは、昼食の後、よくひとりで外出するようになった。ナースステーションに置かれたノ…

柴さんの闘病日記

開放病棟では、患者のリハビリのためという名目で、トイレ・風呂・冷蔵庫などを当番制で掃除させられた。いつでもお湯が使える給湯器の水の補給も当番の仕事だった。このお湯でほとんどの患者は1日に何杯もコーヒーを飲む。インスタントコーヒーは、煙草と並…

アカシジアとオナニー

外泊で家に帰ったとき、そわそわと落ち着かず、じっとしていられない状態におちいった。ベッドの上で激しく足を痙攣させて苦しみは続いた。抗精神病薬の副作用のアカシジアという症状であることをのちに知ったが、主治医からそのような副作用の説明を受けて…

手洗いがやめられない

単独外出の許可が出る前から、毎朝のように散歩に誘ってくれたのが小倉さんだ。頭を丸刈りにした人のいいおじさんで、病室が一緒だったわけでもないのだが、よく話をした。 6時半に起床して、ラジオ体操・朝食の後、病院の近くの住宅街を散歩した。寒い冬の…

的場さんの閉鎖病棟落ち

忘年会だったか新年会だったか忘れたのだが、病棟で病室ごとに余興を行うという宴会が行われた。僕たちの病室では、僕がサックスを吹けるということで、リーダー格の的場さんが演歌を歌い、サックスとコーラスで「内山田洋とクールファイブ」風の出し物をや…

はじめての外泊

開放病棟の入院患者は、正月になるとほとんど実家に帰り外泊する。長期入院している離島の出身の斉木さんも、親族が迎えに来ていた。僕もクリスマスの外出に問題がなかったということで、正月には家に帰って外泊する許可が出た。大晦日の午後、親が迎えにき…

香織と過ごしたクリスマス

開放病棟では、まず他の患者など同伴者と一緒の外出が許可され、続いて単独での外出、自宅への外泊の段階で、病棟の外に出ることが許される。クリスマスが近づき、僕はH先生に、外泊の許可を求めたが、それにはまだ時期が早かった。結局、親が送り迎えするな…

T文庫のアデン・アラビア

ぼくは二十歳だった。それが人生でもっともすばらしい年齢だなどと、ぼくはだれにもいわせはしない。 病棟のホールの片隅のT文庫と呼ばれる図書コーナーでポール・ニザンの文庫本、「アデン・アラビア」を見つけ、その書き出しの一節に惹きつけられた。僕は3…

レクリエーションの一日

明け方、悪夢にうなされて目が覚めた。香織がセックスをしたいといって泣き叫んでいる夢だった。僕は当直だった寺山婦長に、興奮して訴えた。 「彼女も今、同じ夢を見たはずです。彼女が辛く思っていないか、不安でないか心配です。このように男女が同じ夢を…

煙草を吸う女の子

精神障害者の喫煙率は、健常者に比べ高いようだ。入院中も煙草が欠かせない患者が多かったし、特に女性の喫煙者の多さが目立った。外来で通院するようになってからも待合室は煙草が蔓延し、喫煙室が作られ分煙になったのはようやく最近のことだ。 僕と同世代…

週1回の診察

精神病院に入院すると決めたとき、クリニックなどの通院と違い、常時主治医の診察を受けられるものだと思っていた。しかし実際にはH先生は毎週土曜日の診察日と、水曜日の当直の日しか病院に来ない非常勤の医師で、実質的には週1回、わずかな時間しか会うこ…

香織に似た女の子

病院では、患者のリハビリとレクリエーションのために喫茶コロンというのをやっていた。患者がコーヒーを淹れたりレジをやったりして、お客でやってくる患者にサービスするのだ。文化祭の模擬店のような感じだ。入院1週間を過ぎても、僕はまだ散歩に出ること…

風呂はT温泉

開放病棟の風呂はひとつで、男女一日おきの入浴だった。結構広い風呂で、一度に10人くらいは湯船に浸かることができた。白濁した入浴剤がいつも入っていて、患者たちは「T温泉」と呼んでいた。夕食後しばらくして入浴の時間になるのだが、入浴時間が近づくと…

香織との面会

T病院は外来診療も行っているが、診療のない平日・土曜の午後と日曜日には、入院患者も自由に外来の待合室ホールに行くことができる。患者たちは気分転換に椅子に座って話しをしたり、煙草を吸ったり、自販機でジュースを買って飲んだりしていた。面会もその…

情緒不安定と多弁

入院した時点で、絶え間のない幻聴はすでにおさまっていた。次々に湧き出す妄想も勢いを失っていた。しかし、抗精神病薬が投薬後効果をあらわすのには、2週間はかかるといわれている。僕の場合も陽性症状(幻覚や妄想)がすっかりなくなるまでには入院後もし…

ハルシオンによる健忘

入院2日目、6時30分に起こされてラジオ体操。朝食・服薬が済み1日がはじまった。午前中は院内で作業療法の軽作業があり、みんなお小遣い稼ぎのため参加するのだが、入院したての僕はベッドの上でごろごろしていた。昼食・服薬のあとの暇な午後、同室の人たち…

文子に似たソーシャルワーカー

Nクリニックの紹介で訪れたT病院は、かなり古い精神科の単科病院、いわゆる「精神病院」だった。郊外の丘陵地にあり、開院当時は山の中にぽつんと建っていたようだが、今では開発が進み、周囲は瀟洒な高級住宅街になっている。古ぼけた3階建ての建物。窓に…