僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

香織との別れ②

香織は自分と渡辺君の浮気が僕を追い詰めて、発病させたのだと責任を感じ、ずっと悩んでいたのだ。それでも僕を支えるため入院中も面会に来てくれたのだろう。


「わたし、本当はまた渡辺君と会ってるの。・・・ごめんなさい」


僕には、あまりショックはなかった。諦念のようなものが静かに胸の奥にわいてきた。仕方ないことだと思った。やはり香織は精神病院に入院した僕よりも、渡辺君を選んだのだ。僕の病気のことを、自分ひとりで受け止め切れなかった彼女は、渡辺君に悩みを相談し、ふたりはまたつき合い出していたのだった。


生理のとき、香織はいつも口と手で射精させてくれたが、その夜はお互いに身体に触れることもなかった。そのときの僕には射精もできなかったかも知れないけれど。睡眠薬を飲んでもしばらく寝付けなかった。あまり言葉も交わさず時間が過ぎた。香織はやがて静かに寝息を立てはじめた。


翌日、僕は商店街の店で大きな段ボール箱をもらってきて、香織の部屋に置いた衣類・本・CDなどを詰め込んだ。香織が気に入っていた何枚かのCDは置いていった。日本人のボサノバ・バンドのシャカラや坂本龍一の「音楽図鑑」など。細野晴臣が好きだった文子と、坂本龍一が好きな香織。対照的だなあと思う。


荷物で一杯になった段ボール箱をコンビニに持ち込んで、宅配便で自宅に発送した。


「香織、今日は最後に一緒に飲んでくれる?」
「うん」
「じゃあ、いつもの店でいいか」


僕たちは夕方、香織の住む街にある、行きつけの居酒屋へ出かけた。生ビールに焼酎、いつものおつまみ。いわしの天ぷらがうまい。今日で別れるふたりだなんて思えないほど穏やかに飲めた。小さな私鉄の駅の改札で握手をして別れた。振り返ると改札の向こうで香織はじっと立っていた。どんな表情をしていたかは思い出せない。


もし香織が入院中、会いに来てくれなかったなら、僕の回復にはもっと時間がかかっていたことだろう。結果的に僕たちは別れることになったが、香織を恨む気持ちはなかった。ただ、ひとりぼっちになってしまった寂しさだけが僕を包んだ。急性期のさなか、夜通し歩いて向かったこの街に、もう来ることはないだろう。

音楽図鑑完璧盤

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レシーフェの風

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