恋の終わり②
電話をすると、香織は学校を終え家に帰っていた。
「どうしたの」
「今、東京にいるんだけど、これからちょっと行ってもいい?」
「うん、いいよ」
突然の電話にもかかわらず、香織は訳も聞かず承知してくれた。文子の住む街からしばらく車を走らせ、香織のもとに向かった。夜もふけていたが、香織のアパートにあがり、デスクライトを渡した。
「これ使うといいよ。いつも暗くて困ってただろ」
「ありがとう。きれいなデザインだね」
香織にコーヒーを淹れてもらい、今夜文子に会ったことを話した。
「テレビも掃除してないなんて、小僧もずいぶんひどいね」
「村山君も来てて、話もできなかったよ」
「あのふたり、すぐ別れちゃうと思ってたんだけど、続いてるんだね」
「うん。うまくいってるみたいだ」
お互いの最近の様子など話してしばらくゆっくりした。香織は渡辺君ともうまくいき、来年の卒業に向けて学校もがんばっているようだった。僕はとうとう母の発病のことは話せなかった。
「Sさん、元気になってよかった」
「香織も学校もう少しだからがんばってね」
「うん」
「じゃあ、帰るよ」
文子にも香織にも、その夜を最後に会っていない。香織とはその後何年かは年賀状のやり取りをした。学校を卒業して、CADのオペレーターとして就職したそうだ。結局、最後まで僕に優しくしてくれたのは香織だった。僕にとって大切なのは香織なのだ。その後長い間、僕はそう思い続けた。年賀状が来なくなってからも、何度か香織には手紙を書いて近況を知らせた。でも、返事はなかった。
僕が本当に求めていたのは文子の愛なのだと気がついたのは、病気から回復して10年近くが過ぎてからのことだった。今では、文子も香織も、ふたりともどこに住んでいるのか消息もわからない。
僕の恋の話は、ひとまずこれで終わりである。