僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

恋の終わり①

秋になり、回復は順調で、ひとりで外出することも増えた。文子と香織に手紙を書いたりもした。文子にはもちろん病気になったことは明かさなかった。ふたりとも返事はくれなかった。


僕の家には、文子の荷物がまだ残っていた。彼女が卒業旅行でヨーロッパへ行ったとき使った、大きな皮のカバンと衣類がいろいろ。僕が小田原のアパートに住んでいたとき、文子がよく泊まりに来ていたので置いていったものを、返す機会も失いそのまま僕が持っていたのだ。文子にどうしても会いたくなった僕は、彼女に電話した。


「小僧の置いていった荷物、もう返さなくちゃいけないね」
「うん。あれ旅行の思い出のあるカバンだから」
「僕も、小僧に買ってあげたテレビ返してもらってもいいかな」
「えーっ、テレビ?・・・そうだね。高いの買ってもらっちゃったから」
「都合のいいときに車で取りにいくよ」
「うん、わかった」


ほんとはテレビなどどうでもよかったのだが、文子に確実に会う口実に僕はそう口にしたのだった。
それから間もなくして、平日の夕方に文子から電話があった。
「今日は仕事早く終わったから、これから家に帰る。今日でいい?」

文子のマンションに向かって、僕は車を走らせた。そのころには車の運転も時々していたので心配はなかった。文子のマンションの近くの路上に車を停め、カバンを持ち懐かしい文子のマンションの階段をのぼった。ドアを開け、文子が顔を出した。僕とつき合っていた頃は、僕の好みでずっとショートだった髪を肩まで伸ばし、部屋着のTシャツとショートパンツ姿だった。部屋には恋人の村山君が来ていて、奥の部屋のソファに座っていた。文子はちょうどスパゲティーを作っていたところで、「ちょっとまってね」と出来上がったスパゲティーを村山君に渡しにいった。いつも作るトマトとツナのスパゲティーらしかった。


「カバン持ってきたよ」
「ありがとう」
テレビは玄関先に置いてあった。掃除もせずほこりをかぶったままだった。
「アルテミデのライトも返してもらっていい?」
「うん。いいよ」
大きな食卓の上のデスクライトを文子は運んできた。イタリア製の洗練されたデザインが気に入って僕が買ったものだった。テレビとライトを僕は車まで運んだ。文子も手伝って車のところまで来てくれた。


「カバン、どうもありがとう」
「うん、そういえば小僧、車の免許は取ったの?」
「ううん、やっぱりわたしには無理だよ。仕事忙しくなっちゃったし」
「じゃあ、元気でね」
「うん、バイバイ」

文子は村山君の待つ自分の部屋に戻っていった。お互いの近況なども話すことなく。これでもう文子に会うのはほんとに最後になるだろう。最後にしては文子はずいぶん冷たかったな。やはり彼女にとって僕との関係は、すでに終わった過去のものなのだ。


しばらく、車の中でボーっとして、デスクライトを香織にあげようかなと思いついた。香織は専門学校の製図の課題を家でよくやっていたが、デスクライトがなく、いつも暗いテーブルの上で図面を書いていたのだ。僕は公衆電話を探し、香織に電話した。