ヒポクラテスたち 大森一樹
この映画は昔から好きな作品なのだが、自分が統合失調症を経験することによって、そのテーマをより深く感じられるようになった。京都にある医科大学の最終学年の1年間にスポットを当てて、医師を目指す若者たちの姿を丁寧に、みずみずしく描いている。
古尾谷雅人を主人公に、実習を受ける同級生とのエピソードを縦軸に、癖のある寮の先輩後輩との生活を横軸に、巧みなシナリオ展開で物語は進んでいく。
内藤剛志・斉藤洋介・阿藤快・小倉一郎・柄本明など、いまやメジャーになった個性派バイプレーヤーたちの若き日の姿が見られるのも楽しい。指導教官として、手塚治虫や北山修も登場する遊び心のあるキャスティング。鈴木清順も顔を出す。同級生を演じる伊藤蘭が、知的でクールではかなげでとても印象的。
普段お世話になっている主治医のK先生にもこんな青春があったのかなあと思わせるのは、さすがに自身が医学部出身の監督、大森一樹ならでは。大森一樹はその後凡庸な職業監督になってしまったけれど、「ヒポクラテスたち」は、彼が自らの体験を生かして一生に一本撮ることのできた傑作だ。
冒頭、セシュエーの「分裂病の少女の手記」を主人公が読むところからはじまるこの映画。重大なネタバレを承知で書くのだが、主人公は卒業を間近にして精神病を発病し、自身の大学病院の精神科に入院する。そして精神科医になった小倉一郎の最初の患者になる。映画の中で病名は明らかにされないが、統合失調症を思わせる症状。恋人を深く傷つけ失恋したことがきっかけとなっての発病だ。
僕自身、統合失調症を経験する以前は、この結末にちょっと唐突で強引な印象を持っていたのだが、今観るとそんなこともありえるなと素直に感じられる。
主人公を演じた古尾谷雅人は、後年自殺した。うつ病などが原因といわれる。精神を病む役柄でメジャーデビューした若い俳優が、俳優人生の末に精神を病んで自殺したというのは、何とも悲しい人生の皮肉を感じる。
若い人には古臭いところもあるかもしれないが(学生運動のエピソードなど)、この映画で描かれる青春のとりかえしのつかない切なさは、いつ観ても深く心に沁みる。
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