僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

文子との再会②

待ち合わせ場所にやってきた文子は、僕がプレゼントしたコム・デ・ギャルソンのチェック柄のミニスカートとジャケットを着ていた。靴もその時あげた茶色のズック。よく似合ってかわいらしかった。彼女はずっと短かった髪を伸ばしはじめていた。久しぶりに再会した文子は、ちょっとぎこちなく笑みを浮かべた。


「村山君に話したら、会ってきた方がいいっていわれたから」
「じゃあ、キリンシティ*1でビールでも飲む?」
「うん」


昔よく行ったキリンシティで、丸いグラスにじっくり注がれた生ビールを飲む。そうしていると昔のふたりに戻れたような気がした。僕は会社を辞めようと思っていることを打ちあけた。
「でも、もし小僧が戻ってきてくれるなら、仕事を続けながらがんばって勉強しようと思うんだ。やっぱり僕たち結婚しよう」
そう口にすると僕はぼろぼろと涙が溢れてくるのを止められなくなった。
「それはもう無理だよ。わたしたち、もう別れたんだよ。・・・わかってよ」
まわりの客が奇異の目で僕たちを見た。それ以上そこに居られなくて外にでた。

「どこか人の居ないところに行こう」と僕と文子は新宿御苑まで歩いた。冬枯れの巨木が立ち並ぶ御苑は、もう閉門時間も近くて人影はまばらだった。僕は文子を前にひとしきり泣いた。
「そんなに泣いたらかっこ悪いよ」と心配そうに言って彼女はハンカチを渡してくれた。
閉門時間が来て、僕もようやく気持ちが落ち着いた。ふたりでタカノフルーツパーラーに行った。

イチゴ・ジュースを飲んで、お互いの近況を話した。村山君は家を出てアパートを借り、文子はこの年末年始はほとんど彼のところにいたのだという。


「村山君は煙草吸うの?」
「うん」
「小僧、あんなに煙草が嫌いだったのに」
「ストレスのたまる仕事だからしょうがないんだよ」
「小僧は吸うなよ」
「うん、女が煙草吸うのは嫌いなんだって」


僕も香織とのことを文子に話した。
「君は手が早いからなあ。わたしのときもそうだったしね」と文子は笑った。
「明日、もう一度会ってくれないかな。最後に小僧の部屋でゆっくり話がしたいんだけど」
「わかった。明日の夜、部屋で待ってるよ」


文子が新しい幸せな生活を送っていることがよくわかった。僕は彼女への気持ちを思い切るしかなかった。それでも僕は懐かしい文子の部屋で、最後にもう一度ふたりきりの時間を過ごしたかったのだ。文子もその気持ちはわかってくれた。

文子は新宿駅から村山君の待つ街へ帰っていった。
僕は香織の待つ小田原へ帰っていった。

*1:キリンビールのビア・パブ 文子とよく飲みに行った