僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

文子との再会①

文子と別れてから、僕は仕事には以前よりも熱心に取り組んだ。しかし文子との将来が失われた今、もう仕事を続けていくことに意味を見出せなくなっていた。仕事を辞めて人生をやり直そう。僕は登記関係の事務を主な仕事にしていたので、司法書士の資格に以前から興味があった。容易に受かる資格試験ではない。しかし、宅建資格を1ヶ月程度の勉強で取得していた僕は、会社を辞めて専門学校に通い何年か勉強すれば何とかなるだろうと考えた。
香織にもそのことは相談した。彼女は、自分も実はもうすぐ退職して東京へ出て、建築士の資格を取れるよう専門学校に通うつもりなのだと明かしてくれた。「お互いに人生を変えられるように頑張ろうよ」と彼女は励ましてくれた。

文子と別れた年の暮れに直属の課長には気持ちを打ち明け、新年早々にある営業所長面談のときに、正式に退職希望を申し入れることにした。面談が近づき、僕はどうしても文子と会って退職のことを相談しておきたくなった。もし文子が反対して、僕のところに戻って来てくれる可能性があるのなら、退職を考え直して働きながら資格を目指してもいい。香織とすでに深い関係になりながら、僕の心は文子のことでいっぱいになった。

香織との正月の温泉旅行から帰ってすぐ、何度も文子の家に電話をした。平日の夜も、休日も彼女はいつも不在だった。もしかしたら、僕からのしつこい電話に居留守を使っているのかもしれない。そう思いつめた僕は、香織に内緒で、夜仕事が終わってから文子のマンションへ向かった。彼女は帰っていなかった。駅に行き最終電車が来るまで改札口のベンチでじっと待った。電車が終わったあと、タクシーで帰宅するかもしれないと思い、夜更けまでマンションのドアの前で待ち続けた。その夜はあきらめて新宿までタクシーで行き、サウナで仮眠した。翌朝早く文子のマンションにまた行ったが、彼女は昨夜はとうとう帰ってこなかったらしい。
翌日も僕は同じように文子のマンションの前で彼女を待った。やはり彼女は帰ってこなかった。置手紙を残し、また新宿のサウナに行くと、定休日らしく明かりがついていなかった。夜も更けてきたので、どこかに泊まろうと新大久保のホテル街に向かった。ひと気のない路地に2人のアジア系の女の子が佇んでいた。立ちんぼの女だった。小柄なひとりが僕の腕を取って「アソバナイ」と声をかけてきた。眠くて憔悴していた僕は、その女の子に近くのホテルへ誘われた。ベトナムから来たという彼女は、色は黒いが文子ぐらいの背格好で、かわいらしかった。一緒に風呂に入り冷えた身体を温め、ベッドで抱き合った後、金を受け取った彼女はすぐひとりでホテルを出て行った。朝までまた客待ちをするようだ。僕は自暴自棄になり、自分がどうなってもよかった。仮眠して、朝、小田原の会社へ向かった。今思えばあの時の僕の精神は、かなり危機的な状態にあったのだと思う。

面談の日は迫っていた。僕は思い切って文子の会社に電話をしてみた。

「今日は欠勤しております」

家にも帰らず、会社を休み文子はいったいどうしたのだろう。僕は文子が心配で胸が詰まりそうになった。翌日、また会社に電話をした。久しぶりに文子の声を聞いた。


「会社に電話してごめん」
「うん」
「何日も帰ってなかったみたいだけど、どうしたの」
「・・・わたし、ずっと村山君のところに行ってたんだ」
「そうか・・・ちょっと会って話したいことがあるんだ」
「会わないとだめなの?」
「うん、どうしても会って聞いてもらいたい話がある」
「・・・じゃあ今夜家に電話してくれる。それでいつか決める」
「わかった」


1月15日の成人の日の午後、新宿で文子と待ち合わせた。