僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

腐っていく身体

僕たちのバンドの演奏が終わり、次のバンドの演奏が始まった。しばらく聴いていたが、ひどい疲れを感じた僕は香織と両親に「もう帰ろう」といってライブハウスを出た。サックスを持って帰るのも忘れていた。今夜はうちに泊まるつもりで、香織は一緒について来た。ホームで電車を待っているときに、突然また幻聴が聴こえてきた。それは香織の声だった。

「この男は身体が弱そうだし、先が長くないかも知れない。家に財産は結構あるみたいだから、付き合っておいて損はないわ」
僕はテレパシーで香織の本心が聴こえてきたのだと恐ろしくなった。
「じゃあ今日はここで別れよう」
うちへの帰途について来ていた香織に、僕は突然そういい、彼女を帰してしまった。


電車に乗ると、他の乗客たちが「なんか臭くない」「腐った臭いがする」とこそこそ話しているのが聴こえた。ぐったりと座席に腰かけた僕は、自分の内臓がグズグズと崩れていくような体感幻覚を感じはじめた。「今、僕は身体が内側から腐り、死のうとしているのだ」と思った。周囲の乗客の嫌悪に満ちた視線を感じた。

家に帰り着くと両親は「疲れているからお風呂に入りなさい」と風呂を沸かした。今夜僕は死に、明日葬式なので、身を清めておくつもりなのだろう。風呂に浸かっていると、両親がひそひそ話しているのが聴こえた。

「火葬場の手配をしなくちゃいけないな」「急なことで大変ね」


今夜眠ったら、明日の朝には僕は死んでいる。残り少ない人生の中で何かやりのこしたことはないか、できることはないかと考えた。僕は文子からもらった手紙や年賀状、旅先からの絵葉書を入れてある小箱を持ってきて、枕元に置いた。僕はその箱のことを「小僧BOX」と呼んでいた。僕が死んでも、最後まで文子のことを大切に思っていたことがこれで伝わるだろう。自分の身体が崩れていく感覚はまだ続いていた。Nクリニックで処方された睡眠薬を飲んで、その夜は久しぶりに眠れた。


朝まぶしい光を受け目が覚めた。僕は自分がまだ生きていることに驚いた。きっと僕の中の陰の部分だけが死んでしまい、明るい陽の部分が生き残ったのだ。僕は自分が新しく生まれ変わったような気分になった。そしてその日からさらに深い妄想と幻覚の日々がはじまった。