アカシジアとオナニー
外泊で家に帰ったとき、そわそわと落ち着かず、じっとしていられない状態におちいった。ベッドの上で激しく足を痙攣させて苦しみは続いた。抗精神病薬の副作用のアカシジアという症状であることをのちに知ったが、主治医からそのような副作用の説明を受けていなかった僕は、病気の症状の一種なのだと思った。僕は部屋でじっとしているのが耐えられなくなり、外出して当てもなく歩き出した。歩いているとそわそわ感が緩和された。結局二駅隣の町まで歩いていき、また家に歩いて戻ってきた。外泊が終わり、病院に戻って症状を看護婦さんに伝え、副作用止めの薬を服用して症状は治まった。医師からの説明不足で不安におちいった経験だった。
僕の病名についても医師からは何の説明もなかったが、外泊したとき家にあった木村敏の「時間と自己」をパラパラと見ていてこんな記述を見つけた。
そのほか分裂病に比較的よく出現する症状としては、周囲の出来事、テレビや新聞の報道などが個人的に自分に向けられていると感じる関係妄想、自分に向かって批評や命令を語りかけてくる他者の声を聞く幻聴など、いくつかのものがある。
まさに自分のことだと思ってはっとした。僕は精神分裂病だったのか。あいまいだった自分の病気の実体を突きつけられて、すっきりした気分になった。病名をはっきり自覚できたそのあと、回復もより進んだような気がする。当時は「精神分裂病」という人格を否定するような病名で、今以上に本人への告知には慎重だったのかもしれないが、急性期はともかく、ある程度病状が治まったら、病名の告知をすることは症状の回復へのプラスにもなるように思う。入院当時、病名も投薬内容も様々な副作用も十分な説明がなかったことは、患者の人格を認めていないような処遇に思えてならない。
これも外泊時のことだが、思い立ってオナニーをしてみた。性欲自体それほどあったわけではないのだが、可能かどうか試してみた。ペニスは勃起し、快感もあった。ところが驚いたことに精液が全く出なかった。不安になり、診察のときに聞きにくかったがH先生に質問してみた。「一時的なものですから大丈夫ですよ。回復するでしょう」ということだった。精液が出ない時期はかなり続いたが、やがて回復した。しかし、射精するとき頭痛がすることがあったり、投薬内容が変わると変調があったりする。
映画「ビューティフル・マインド」で統合失調症の数学者ジョン・ナッシュが服薬をやめてしまう原因は、服薬によりインポテンツになってしまい、妻とセックスレスになるのを避けるためだった。抗精神病薬の副作用と性の問題は、当事者にとっては深刻な語りにくい問題だ。
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