僕は統合失調症

30歳の時に発症した統合失調症の発病・入院・回復の記憶

作業療法士の憂鬱

退院後だいぶたって、H先生からデイケアに出てみてはどうかと話しがあった。「若い女の子もたくさんいますよ」
とりあえず、診察日の午後だけ、僕はデイケアに顔を出すようになった。


現在ではT病院にはデイケア専用の大きな施設があるが、当時は開放病棟の片隅の小さなホールや、入院患者の作業療法用のキッチンを借りて、細々とデイケアを行っていた。毎日のように通っているらしい人もいて、若い人が多かったが、年配の夫婦で参加している人もいた。


料理教室では豚汁とかハンバーグとか簡単なものを作ったが、料理に心得のある僕はそんなとき頼られる存在になった。病院の車に分乗して、近くのボーリング場へ行くことも度々あった。みんな下手だったが、わきあいあいとゲームを楽しんだ。


当事者同士、お互いの病気のことはほとんど話題にしなかった。たまに、幻聴がしつこく聴こえると悩んでいる女の子もいたが、デイケアは一見ごく普通の大人しい人達の集まりだった。


スタッフの作業療法士の真樹さんは、小柄で快活なチャーミングな女性だった。あるときデイケアルームで彼女とふたりになったことがある。雑誌に目を落としていた彼女は、いつになく沈んだ表情をしていた。「わたしもほんというと疲れちゃうときもあるのよ」と彼女はもらした。それ以上深く話しをせず、僕はそのとき持っていた本を彼女に見せた。「今、これ読み返してるんですよ」村上春樹の短編集パン屋再襲撃だった。「これ、面白いんだよね。わたしも読んだわ」真樹さんの表情に笑みが戻った。


それからも、ぽつりぽつりとデイケアに参加したが、僕にはコミュニケーションの障害などもなかったし、友人とのつき合いも再開していて、デイケアに特に得るものがあるとは思えなかった。親しい知り合いができれば、当事者でなければできない相談相手にもなったかもしれないが、僕にはそのような積極性は欠けていた。その年の暮れの忘年会に出席したのを最後に、僕はデイケアを離れていった。

パン屋再襲撃 (文春文庫)

パン屋再襲撃 (文春文庫)